土方商店

三代目 土方 将司
野菜ソムリエ


弊社は、祖父(義也)1955年に創業しました。
創業当初から変わらず、船で行商をするスタイルを変わらず行っています。
創業当初は、岡山県備前市は養鶏場が多く、その養鶏場から卵を仕入れし船で運んでいました。
昔の卵は流通が少なかったため、船で新鮮な卵を運んでくれることを島民の方はとても喜んでくれたようです。
今現在もそのなごりで、島での当社の呼び方は【たまごやさん】です。
創業当初は、卵だけでの取り扱いでしたが、お客さんから米も欲しい、野菜も欲しい、果物も欲しいという色んな要望に応えていくようになり色んなものを船で運ぶようになりました。

今では、卵はもちろん米、野菜、果物を中心に販売しています。
今でも、昔ながらの対面販売でお客さん1人1人とコミュニケーションを図りながら、細やかなリクエストにも答えながら営業しています。

現在は、先代の義也は亡くなり、2代目(父:明典)と3代目(子:将司)と親子で協力しながら【親子3代100年企業を目指して】を目標に頑張っています。
3代目将司は、幼い頃から大きくなったら父と一緒に商売をすると口癖のように言っており、小学校の作文を書けば、島での商売の話を書いたり、絵を描くといったら、船の絵を描いたりと幼い頃からの夢でした。

しかし、大学卒業後の将来を考えたとき、これからますます高齢化となり過疎化が進む島への商売は大丈夫なのかという不安から、卒業後保険会社に就職しました。保険会社を3年勤めました。保険会社という職業柄、全国転勤は数年に1度はあります。せっかくお客さんとの関係が出来たころに転勤というのは非常に寂しいなと思いました。
その時、家業の商売を考えました。
家業は1955年からずっとお客さんは当社が船で販売に来てくれることを待ってくれている。これから先もきっと当社が来てくれることを待ってくれている。私がこれからの将来進むべき道は、ずっと私たちがくるのを待ってくれている島の人のとこだと思い、保険会社を辞め、家業を手伝い始めました。
家業を手伝いだして5年以上となりますが、やはり保険会社を辞めた決断は間違ってなかったと思います。お客さんはいつも船で販売に来てくれることを楽しみに待ってくれています。
今後も待ってくれている島の人達へ、美味しい食材を船で届けようと思います。

しかし、島では高齢化が進み徐々に過疎化が進んでいるのも事実です。
そこで、当社では長年培ったノウハウを生かし新たなことにチャレンジできないかと模索するなかで、今回の【やおひじコンシェル】を立ち上げました。
現在の島での商売と同様にインターネット上という対面出来ない空間でも、コミュニケーションを図りながら繋がっていきたいと考えています。
どうしてもインターネット上だと1回きりという販売もあるかもしれませんが、当社が行っていくサービスは、長い間繋がっていけるサービスを目指しています。

そのために、当社のサービスを利用して頂く人に、Fecebookを通じてコミュニケーションがとれる空間を考えました。
まだまだ、未熟なサービスです。しかし、お客さんの声を反映しながらお客さんのためにいいサービスが出来るように頑張っていきますのでよろしくお願いいたします。